公開日: 2025/07/09
更新日: 2025/07/17
疲れない、クッション性、スポーツ性、デザイン。もし、全ての要素を兼ね備えたシートがオーダーメイドできるなら、それは夢のような話、ではないのか。
シートのオーダーメイド」と言われて、エンドユーザーは何を思うのだろうか。おそらく表皮の張り替えと、内部のスポンジを削る、いわゆるアンコ抜きをイメージするのではないか。これだけカスタムパーツが充実している現代においても、シートをほぼアッセンブリ製作するというカスタムは一般的ではない。
バイクのシートは金属もしくは樹脂のベースとウレタンのスポンジ、表皮の3層構造になっているが、ベースに圧着しているスポンジを削るか、盛るか。表皮を交換する以外に選択肢はないというのが、一般的な認識であろう。
K&Hは1976年創業の、バイクシートFRP製品の製造販売を行う老舗ブランドである。あえてブランドと表記するのは、K&Hのシートがまさにメイドインジャパン・ブランドと呼ぶに相応しいハイクオリティな商品を製作しているからだ。
例を挙げるなら、ハーレーダビッドソン。一見、幅平でふくよかなシートは乗り後心地が良くて、長距離にも相応しいように見える。しかし現実は違う、それは構造上の問題と、西洋人と我々の身体、つまりお尻の違いと言えばいいだろうか。個人差はあるが、ハーレーユーザーには「お尻の悩み」を抱える者が少なくない。K&Hのシートのハーレーラインアップが充実している背景には、そんな海外製品ならではの特徴がある。ホースバックライディングは、思いのほかお尻と腰に負担がかかるのである。
筆者の経験であるが、K&Hシートは座った瞬間の反発力+フィット感がSTDとは全く違う。固すぎず、柔らかすぎず、シートの存在感が「ただお尻を乗せる」ものとは一線を画しているのだ。これを実現しているのは「型の中で発泡させるインジェクション製法」というものであり、これは「シートは、ライダーと車体を結ぶ最大の接点」という理念に基づいている。何と3000キロ以上にも及ぶ実走テストをするというのだから恐れ入る。
乗り心地と操作性を両立させながら、デザインと質感にも妥協を許さない。数多くの表皮サンプルから、車輌のイメージに合わせて選択し、ステッチ、パイピング、スタッドとリベットを組み合わせて、世界でただ一つのオリジナルシートを作ることが可能だ。
創業時のK&Hは、創業者の秋元紀一さんと中山博さん両名の名を取り「紀一と博F.R.P.研究所」という名称であった。FRP製作がまだ珍しかった時代に、カフェレーサースタイルの先駆者として一世を風靡する。現在の代表取締役、上山力さんは語る。
「90年代、19歳ぐらいでSRに乗っていた頃に、先代が経営するK&Hを尋ねたことからお付き合いが始まりました。別の業界に就職するも『やっぱりこちらでお世話になりたい』とK&Hに就職を決意しました。それから1ヶ月もしないで、先代が病気で入院してしまい、病院から指示を貰っても自分は何もできず、結局退院するまで暇をもらいました。その時『自分で仕事が回せないと俺の仕事なんて、いつでもなくなるんだ』と強く感じましたね」
上山さんは修行時代に、どうしても自身で開発したい新しい商品やデザインを、就業時間後にこっそり製作していたのだという。1998に開発主任となった上山さんを中心にした若手スタッフにより、K&Hから新しいブランド「eggs」が生まれる。「eggs」ブランドは、車種構成を広げ若年層を中心に支持され、オートバイ以外の一般紙等でも紹介された。その後、上山さんが作るデザインが時代の主流になっていく。2013年に事業継承して上山さんが代表取締役に就任、現在に至る。
現行ラインアップはハーレーダビッドソン、BMW、ホンダ、ヤマハ、カワサキと多岐に渡る。顧客満足度は非常に高く、メディア、SNS等を通じてK&Hブランドは不動の地位を築いた。
繰り返すが、「シートはライダーと車体を結ぶ最大の接点」である。海外メーカー、いや国産メーカーでも全てのユーザーを満足させられるはずはない。クルマのようにクッション等を追加し、前後に着座位置を調整できないという宿命をバイクシートは持っている。実はサスペンションや安全装備と同じように、ライダーの健康を担う重要パーツであることを、二輪業界は着目するべきではないかと考える。
更に人材確保が難しい時代になり、現在の中小企業が抱える大きなテーマがM&Aや事業継承である。2000年以前は全く聞くこともなかった「伝統と創業者の理念、技術の継承」は、二輪業界でも今後大きな課題となることは間違いない。K&Hは「変わらない為に変化を続ける」という理想的な事業継承のモデルケースであり、その成果が変わることのない、同社の商品クオリティによって証明されているのだ。
https://kandh.co.jp/
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