公開日: 2020/06/22
更新日: 2022/08/26
言うまでもないが、二輪車は「乗り物」。鑑賞して楽しむこともあるが、基本的にオートバイは「走ってなんぼ」のものである。
ツインリンクもてぎにあるホンダコレクションホールでは、その「走ってなんぼ」を大切にしている。それが定期的に行われている「走行確認テスト」だ。
2月20日、ツインリンクもてぎの南コースで行われた走行確認テストには、往年のレーシングマシンが登場。二輪からは、「RC164(1963年)」「NSR500(1984年)」「NSR500(1985年)」「NS500(1985年)」「CBR1000RRW(2004年)」の5台。いずれも歴史に名を刻んだレーシングマシンだ。
この走行確認テストは、ただ歴史に名を遺したマシンを走らせるだけのものではない。レーシングマシンは、市販車のように何年にもわたって長期間乗るものではないので、走行可能な状態を維持する「動態保存」をするのは、非常に難しいものがある。同ホールで展示してある時とは別に、重要な保安部品などに関しては、部分的に現在の技術で製作したパーツを組み込んで各部の動作確認をし、走れる状態を維持していく。そして、展示時には、オリジナルパーツに戻して、来訪者に当時のままを楽しんでもらう。
前述したように、レーシングマシンは一般的な市販車ではないので、耐久性などの問題から、部分的にパーツを交換してテストに臨んでいるのだ。今回のテストでも、マシンごとにチェック項目が違い、それに合わせた走り方をしていた。動態保存が目的なので、性能ギリギリの全開走行をするというテストではないのも特徴の一つ。
すべてのマシンのライダーを務めたのは、ホンダの元ワークスライダー・宮城光氏。各マシン走行後には、自らマイクを握り、観客に向けて、どういう走行をして、どこをどうチェックしていたかの解説もしていたので、走行の目的が分かりやすかった。
最初に登場したのは、「RC164(1963年)」。細く長いタンクが特徴的な、250㏄の4気筒モデル。その走る姿を実際に目で見られるのは、そうあることではない。全開走行ではなかったが、排気音を轟かせながらトラブルなく周回を終えた。今回のチェックポイントについて宮城氏が解説した。
「今回は、ブレーキシューのあたりや、ブレーキをかけた時のサスペンションの動きなど、ブレーキ周りの確認をしました」
続いて出てきたのは、フレディ・スペンサーの駆った「NSR500(1984年)」。燃料タンクをアンダーカウル付近に、本来タンクのある場所にエキゾーストチャンバーを配置するという独特のレイアウトを持つマシンだ。エンジンの暖気では、今は一般公道でも滅多に聞けなくなった2ストサウンドとともに、2スト独特の白煙がレーシングするたびに吐き出されていたのが印象的だった。
「RC164と同様に、足回りのアップデートを行いました。当時の足回り等は、マグネシウムの鋳造技術で作られており、30年、40年を耐えうる技術で作られたものではありません。ハブ周りをマグネシウムからアルミに、NSコムスターも新作にしました。フロントとリアのディスク板も当時は鋳鉄でしたが、今回はステンレスです。こういった部品を組み合わせることによって、今後永く走り続けられるようにしています。これからも動態維持走行をするにあたっては、このようなアップデートをしていきます」(宮城氏)
次に走行が予定されていた「NSR500(1985年)」は不調のため、走行が見送られた。
その次に走行したのは「NS500(1985年)」。フロント1 気筒、リア2気筒というV型3気筒エンジンを搭載したマシン。
「今回は、何か新しいものを導入したわけではありませんが、ホンダコレクションホールが行っている定期的な動態走行を行いました。フロント16インチのタイヤが少なくなってきましたが、これからはタイヤをどうやってキープしていくかというのが一つの課題です」(同)
二輪最後の走行は、「CBR1000RRW(2004年)」。これまでに走行したマシンに比べ、かなり現代っぽいスタイルだが、それでも16年も前のマシンだ。
「フロントホイールが16・5インチ。現在このサイズのタイヤは世の中に存在しません。なので、この古いタイヤのままで走らせていくカタチになります。今回の走行では、回転数を1万1000回転ぐらいに抑えましたが、それでもフロントが軽く浮いてきました。エンジン、サスペンション、ブレーキともに好調でした」(同)
この走行確認テストでは、「RA272(1965年)」「マクラーレンホンダMP4/5(1985年)」など四輪も走行した。
二輪、四輪ともに、歴史的なレーシングマシンが揃った今回の走行確認テスト。これからも動態を維持し、いつまでもエキゾーストノートをサーキットに響き渡らせて欲しい。
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