公開日: 2022/10/26
更新日: 2022/11/01
和歌山市にあるバイクショップM’s(以下、エムズ)。同店で采配を振るのは、二輪業界での業務経験がないままバイクショップの経営者となった眞下雅美社長。女性経営者だ。エムズは、眞下社長の義父で現取締役の眞下充(みつる)さんが1962年に創業。2004年には、同氏のご子息の眞下元(もとい)さんが店を継いだ。
眞下社長は2005年、元さんと結婚。それまで介護福祉士として働いていたが、結婚を機に専業主婦となった。けれども2015年、元さんが急逝。年齢の問題から義父の充さんがもう一度経営を行うのは難しく、突如、眞下社長はエムズを承継するか閉めるかの究極の二択を迫られたのだ。当時のことについて、同氏は次のように振り返る。
「結婚当初より主人から、『エムズを発展させていくため、将来的には手伝って欲しい』という思いを伝えられていました。また、義父の時代から長年働いてくれているスタッフからも、『サポートをしていくので店を継いで欲しい』との声があったため、私がやるしかないと考え、承継の道を選びました」
専業主婦から一転、経営者となった眞下社長。けれども、前述の通り二輪業界で働いたことがなかったため、バイクはもちろん、店の経営についても右も左も分からない状態であったという。働き始めた当初、特に苦労したのがメーカーからの仕入れ。エムズはホンダ、スズキ、ヤマハの正規取扱店であるが、仕入れたモデルがなかなか売れず、途方に暮れることもあったという。そんな眞下社長に様々なことを教えてくれたのが、元さんの頃からお世話になっていたホンダの営業マンだった。
「仕入れ車両の選び方や台数の増やし方、さらにはバイクショップを経営していく上でのアドバイスなど、色々なことを教えてもらいました」
さらに、眞下社長は和歌山県田辺市に店を構えるバイクショップの店長からも、様々なアドバイスを貰ったという。
「明確なビジョンを持つことの大切さをはじめ、スタッフとのコミュニケーションの取り方や指示の仕方のコツなどを教わりました。これらの助言は、当時、エムズを存続させることで精一杯だった私にとって、このままではいけない、と考えさせられる内容でした。この2人との出会いがなければ、今日のエムズはなかったと言っても過言ではありません」
以降、眞下社長はスタッフに任せっきりにするのではなく、整備や事務作業などすべてに顔を出し、どんな業務であったかを確認することで、スタッフとの信頼関係をより強固なものにしていった。
和歌山県が公開している「統計年鑑」によると、エムズが店を構える和歌山市は、2020年の原付保有台数が5万8957台(原付一種:4万6690台、原付二種:1万2267台)と、全国的に見てもかなり多い。同市の地域特性について、眞下社長は次のように説明する。
「和歌山市は年間を通じて天気や湿度が安定しており、冬でも滅多に雪が降りません。そのため、年中バイクに乗ることができます。また、電車やバスの本数が少なく、坂道も多いため、原付は日常生活の足として不可欠なのです」
こうした状況から、エムズのメイン商材は原付バイクとなった。昨年は、400台超の販売台数を達成。このうち、原付は6~7割を占めており、原付一種は200台ほど売れたという。原付は新車、軽二輪以上は中古車をメインに扱っており、眞下社長を含めた4名で販売している。
ユーザー層は驚くべきことに10~20代が最多で、全体の約5割を占めている。これは、同店の近くに和歌山大学があることが関係していると眞下社長は言う。
「毎年、全国から和歌山市周辺に多くの学生が引っ越してきます。和歌山大学はバイク通学が認められているため、頻繁に学生がバイクを購入しにウチに来ており、その大半が免許やコストなどを理由に原付一種を選んでいます。ただ、コロナ禍によってバイクブームが再燃した2020年夏頃より、原付二種の販売台数が急増しています」
学生は、そのほとんどがビギナーライダー。彼らは目当てのモデルがあるわけではなく、見た目でバイクを選ぶことが多いという。そのため同店では、仕入れ車両にこだわりがある。
「人気の原付一種は、ラインアップを充実させるとともに、可能な限り全カラーを揃えるようにしています。こうすることで、お客さんの選択肢を増やすことができる。また、ウチのユーザーは男女比が1対1と女性も多いため、見た目が可愛いジョルノやビーノを多く扱っています」
エムズにおけるビギナーユーザーの多さは、ヘルメット需要にも表れている。バイク購入者の実に7割がヘルメットも一緒に購入しているのだ。そのため、同店では彼ら向けに値段が安く、被りやすい、ハーフキャップやジェットタイプのヘルメットをメインに取り扱っている。また、エムズでは学生が新学期を迎える3~4月と、教習所に通い出す7~8月にかけて繁忙期を迎えるという。
「社長に就任した頃は200台以上展示していましたが、現在は入荷遅延の影響もあり、半分に減っています。ただ、忙しすぎて手つかずの車両も含めると、ストック台数は300台ほどあります。それでも、学生の長期休みにあたる春と夏は、普段以上に多くのお客さんが来店し、需要も増加するため、売れすぎて店内がガラガラになるほどです」
エムズは毎年、お盆期間中にキャンペーンを展開している。これは、ヘルメットなどの店内商品やメンテナンス費用が10%オフとなり、さらにバイクが成約となったら、オイル交換無料券をプレゼントするというもの。このような取り組みを続けることで、より多くのユーザーを獲得しているのだ。
エムズには、他のバイクショップではなかなか見られない特長がある。それは、行政機関や大学との業務提携だ。提携は全部で3つある。1つ目は「和歌山県職員労働組合県庁支部指定店」。これは指定店となることで、和歌山県庁内でバイクの展示即売会を行うことができる、というもの。いまはどちらかというと、販売ではなく展示が主体となっているが、エムズの認知度拡大に大きく貢献しているという。
2つ目は「和歌山市職員互助会指定店」。これは、和歌山市市役所職員に限り、エムズで車体価格が5万円以上50万円未満の新車および中古車を購入した際に、給料からの天引きで無利子のローンを組むことができる、というもの。支払回数は5回~50回までとなっている。市役所公認のサービスであるため、買う側に与えられる安心感はかなり大きいものと考えられる。
3つ目は「和歌山大学生協指定店」。その名の通り、大学生協の推奨店である。入学案内資料には、エムズのチラシも同封されているが、これが大きなポイント。和歌山大学は坂の上に位置しているため、新入生の多くは通学の足としてスクーターの購入を考える。そんな時、“大学が勧めるバイクショップ”としてエムズのチラシを目にすれば、それが動機付けとなり購入機会は一気に高まるものと推測される。これらは義父の充さんの時代から継続しているもので、和歌山県にあるバイクショップでは、エムズだけが認められているという。
「3つの指定店であることは、ウチの宣伝になるだけでなく、信頼度を高めてくれています。そのため、看板やチラシには必ずこの3つを記載しています」
この他、エムズには眞下社長が新たに始めた取り組みがある。それは、店舗周辺の掃除を行うこと。これについて同氏は次のように説明する。
「バイクショップに対し敷居の高さを感じている人は、決して少なくありません。その理由の一つとして考えられるのは、バイクに乗っている人、購入予定のある人、あるいは興味のある人でない限り、入店する必要がないからです。そのため、私は店の第一印象を大切にしています。そこで、毎日欠かさず、開店前にスタッフ全員で店舗と隣接する道路まで掃除を行っています。敷地外まで行うのは、通行人へのアピールです(笑)」
ご主人の遺志を継ぎ、エムズを発展させてきた眞下社長。同氏は現在、小学校のPTA会長も務めている。また昨年まで、和歌山市の地域活性化や青少年育成事業などを行う「(一社)和歌山青年会議所」の室長としても活躍するなど、バイクショップ経営者以外の一面も持ち合わせている。
このように、様々なシーンで活躍する眞下社長の姿は、間違いなくエムズの認知度向上に寄与しているだろう。こうした積み重ねが信頼を醸成し、それが販売台数となって表れるのだ。
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