公開日: 2026/06/16
更新日: 2026/06/26
大阪府と奈良県に8店舗を展開する八尾カワサキ。経営の舵を取る加藤宏社長は、カワサキプラザ大阪鶴見の店長も務める傍ら、各店舗に足繁く通い、現場の声に耳を傾けることで、潜在的な課題やスタッフの悩みなどをいち早く察知。この現場第一主義の姿勢を通じたスタッフの労働環境改善や育成への尽力が、組織として盤石な体制を築き上げている。
大阪府と奈良県で、カワサキプラザ堺・東大阪・大阪鶴見、ハーレーダビッドソン奈良・東大阪、八尾カワサキ本店、ホンダヤオ、ベスパ大阪東の計8店舗を展開する株式会社八尾カワサキ(加藤宏社長)。現在、50名を超えるスタッフを擁し、組織として盤石な体制を確立。全国的に名の知れた大手二輪販売店である。
同社は、“また、走りたいと思う。お客様の心に残る思い出づくりの力になりたい。”というモットーを掲げ、質の高い技術とサービスを追求。さらに、車両販売後も多彩なイベントを通じて感動体験を提供するなど、手厚いトータルサポートを心掛けている。
ここで、八尾カワサキの歩みを簡単に紹介する。同社は1977年、川崎重工業でテストライダーなどを務めていた加藤社長の父、紀(おさむ)氏がのれん分け制度を活用し創業。1982年には関西で初めて、Z1000MKⅡやGPZ900Rといった逆輸入車の取り扱いを開始し、八尾カワサキの名は全国に知れ渡ることとなる。その後、1997年にハーレーダビッドソンの正規販売店をオープン。これは同社の新たな経営の柱となった。
2012年には閉業する他店を引き継ぎ、ホンダヤオを開業。スクーターという、これまでとは異なる商材を取り扱うことで、生活の足として使用する学生など、新たなユーザーを開拓できたという。また翌年からは、同店の2階でベスパの取り扱いも開始した。複数年にわたり優秀販売店表彰を受賞するなど、今や八尾カワサキの経営に欠かせない存在に成長している。
そして、2019年にカワサキプラザ堺を、2021年にカワサキプラザ東大阪をオープン。さらに2023年には、カワサキモータースジャパンから声が掛かり、プラザ1号店であるカワサキプラザ大阪鶴見の運営を譲受した。ざっとこんな感じだ。
加藤社長が八尾カワサキで働き始めたのは2000年、27歳の時。この年齢には理由がある。同氏は短大卒業後、約6年間、アメリカの大学に留学をしているのだ。
加藤社長は経営者である父の姿を見て育ったためか、若いころから自ら起業しビジネスを展開したい、という思いを抱いていた。だが、それは漠然とした思いであった。そんなある日、同氏の頭の中を「留学」という言葉がよぎった。
「そうか、まずはそこからだ」
留学先について考えた時、家業が逆輸入車を扱っている関係から、アメリカにパイプがあることを思い出した。ここを先途とばかりに、アメリカへの留学構想について父に相談。話はとんとん拍子に進み、その数ヵ月後には大学のキャンパスにいた。留学先の大学ではビジネスマネジメントを専攻し、経営学やマーケティング、ビジネス倫理などを学んだという。
加藤社長はアメリカの大学を卒業後、現地の企業に就職。しかし、就労ビザの継続が困難となり、27歳の時に帰国を余儀なくされた。その後、八尾カワサキ本店でアルバイトを開始したが、当時はもう一度渡米しようとも考えていたという。けれども、家業に身を置いたことで、自身の心境に大きな変化が芽生えたのだ。
「経営者としての親の大変さを身に染みて理解できるようになったのです。というのも、実は父が不慮の事故に遭い、大怪我を負ったのです。命は助かりましたが、店に立つことはできなくなった。そこで父に代わり社長となったのが母(志津子氏)でした。家業を守らなければ、という強い思いのもと、朝早くから夜遅くまで母は身を粉にして働いてきました。そんな母の姿を目の当たりにしたことで、自分がやるべきことは、この店を支えることなんだ、という強い信念が芽生えたのです。これは自分でも驚くほどの心境の変化でした」
アルバイトとして現場に入って間もなく、正式に働き始めることを決意。30歳からは、八尾カワサキ本店の店長を約15年間務めた。また取締役となってからは、経営方針の策定や新規店舗の開業準備なども担当。そして2024年、社長に就任し、現在に至る。
八尾カワサキでは、加藤社長がカワサキプラザ3店舗、八尾カワサキ本店、ホンダヤオ、ベスパ大阪東の計6店舗、そして、弟で専務の慎氏がハーレー2店舗を統括している。前述の通り、同社はカワサキプラザを3拠点展開しているが、開業までの道のりは決して平坦なものではなかった。
カワサキプラザ構想が出始めたのは2015年頃。当時、取締役として経営の舵取りを担っていた加藤社長は、すぐにプラザ開業を目指す決断を下す。自らの足で100件以上物件を精査し、紆余曲折の末にカワサキプラザの建築基準を満たす土地を確保した。しかし、後に世界文化遺産に登録されることとなる「百舌鳥・古市古墳群」の史跡発見に伴い、建物の高さや形態意匠が制限される不測の事態に直面。度重なる設計変更の末、2019年8月、ついにカワサキプラザ堺のオープンにこぎ着けた。
ただこの開業の裏で、加藤社長は大きな決断を下していた。同年6月、創業店である八尾カワサキ本店を一度クローズさせているのだ。
「当時は人員が足りず、本店からカワサキプラザ堺へ移動してもらいました。創業の店を閉めることは断腸の思いでしたが、それ以上にスタッフが働きやすい環境を作るため、さらに、いままで通り大型モデルを販売するためには、やむを得ない決断だったのです」
念願のオープンを果たしたカワサキプラザ堺だが、直後に消費税率の10%引き上げに直面。さらに、追い打ちをかけるようにコロナ禍が重なった。客足は申し合わせたかのようにピタリと止まり、まるでオープン前夜の店内を見ているかのような状態がしばらく続いた。
「オープンした矢先にこんなことになるなんて…」
予期せぬ事態に、加藤社長の胸には虚しさが込み上げた。また次なる拠点、カワサキプラザ東大阪のオープンも控えていたため、当時がどれほど深刻な状況であったかは想像に難くない。
そんな苦境を一変させたのが、コロナ禍によるバイクブームの再燃。特にZ900RSの爆発的な人気ぶりは強力な追い風となり、八尾カワサキは危急の事態を脱し、飛躍的な成長を遂げることとなった。
現在、カワサキプラザ各店舗には年間約5000人、1日平均では約15人ものユーザーが商談や整備のために来店。特筆すべきは、大半のユーザーがメンテナンスパックに加入して車両を購入していることにある。その結果、整備依頼の8割を法定点検やプラザ安心点検などの作業が占めるようになった。カワサキプラザ東大阪では、5人体制でテクニカルセンターを運営。けれども土日ともなれば、整備予約は1ヵ月半待ちとなるなど、嬉しい悲鳴を上げている。
先ほどカワサキプラザ堺オープンのために、八尾カワサキ本店を一度クローズしたことに触れたが、現在、同店は営業を再開している。
「本店は八尾カワサキの中心的な存在。いつか必ず再開させたい、と強く思っていました。そこで、カワサキプラザの展開が落ち着いた2024年、建物を改築し、改めて営業を再開したのです」
八尾カワサキ本店はカワサキの正規取扱店ではあるが、現在は同メーカーの旧車を中心に販売。また、カワサキプラザでは対応が困難な旧車のメンテナンスを請け負うことで、整備の棲み分けを実現している。
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